人生の味 | よも風呂

人生の味

人生の味とは何なのだろうか。
酸いとか甘いとか一口に言うけれど、
それってどんな味なんだろうか。

人生の深みとは何なのだろうか。
そして人生の醍醐味とは――?

僕は常々その答えを探してきたように思う。
答えはいつだって風に吹かれていた。
無形でうつろいやすく、
掴めそうだと思った瞬間に、
指の間からするりと逃げていくあいつ。

そんなあいつのことを思いながら、
風呂上りにジャイアントコーンを食べていたときのこと。

僕は思った。

なんておいしいのでしょう。

香ばしいアーモンドの乗った板チョコ、
そしてその下にはバニラ、
さらにバニラの周辺にはサクサクのコーン。
それらが渾然一体となって舌の先端部分を刺激する。
密集した味覚細胞が全身に甘みを実感させる。

なんておいしいのでしょう。

僕は普段、ジャイアントコーンをほとんど食べないのだけれど、
物珍しく観察しているうち、あることに気が付いた。

(バニラとコーンの間にクランチチョコの層がある……!!)

それに気が付いたときの衝撃が、ご理解いただけるだろうか。

クランチチョコの層。
それが何を意味するのか。

ジャイアントコーンをバンドに例えてみよう。

バニラというボーカルの歌声があり、
コーンがそれを支えるドラマーだとする。

すると、その中間にあたるクランチチョコの役目は何か――?

一口食べてみれば理解できるはずだ。
チョコレートが低音でリズムを刻むベーシストで、
クランチは歪んだ音色でコードを掻きならすギタリストなのだ、と。

クランチチョコが加わることにより、
やや単調で物足りないものであったバニラとコーンの演奏に、
煌びやかなコード感と、躍動するグルーブを生みだしているのだ。

ジャイアントコーンは、
バニラとコーンの中間に存在するクランチチョコによって、
唯一無二のメロディーを奏でる最強のバンドであるといえよう。

まあ、バンドの例えはともかく、恐ろしいのは、
ともすれば層の存在を見落としてしまいそうなことだ。
層の厚さは約3ミリと薄く、存在感があるとは言えない。
しかし、そこに込められた情念はとてつもなく濃いものに違いないのだ。

ここまで読んだ方は、
なぜ僕がこれほど熱く語っているのかが、
よく分からないかも知れない。

――たかが、味のアクセントじゃないか?

そう思われる方もいるかもしれない。

そんなあなた……いや、貴様には、こう言いたい。

貴様の考えなど、3ミリの層以上に薄っぺらで浅はかだ、と。

これから語るクランチチョコの本当の存在意義を知っても、
貴様は、まだそのうすら笑いを浮かべていられるだろうか。
真実を知れば、冷静さの仮面などすぐに剥がれ落ちてしまうはずだ。

では、言おう。

クランチチョコ層の本当の存在意義とは、
【コーンがふやけてしまわない為のコーティング】である。

……僕はクランチチョコ層の存在に気付いたとき、
なぜこんな層が作られたのか考えた。
最初は、味のアクセントのためだと考えた。
わざわざアーモンドを砕いたチョコにしている点も、
味へのアクセントだとすれば合点がいく。

しかし、それにしてはチョコ層は薄い。
それとも、薄い方が美味いのか?

いや、違う。
それならば冠部分のアーモンドチョコも、
もっと薄くするはずだ。

……薄いと言えば、コーンも結構薄いな。
これはサクサクとした食感のためだろうか。
きっとそうだ。
格子状の模様も食感と割れやすさ、
つまり食べやすさを追求した結果だろう。
計算しつくされた形状・厚みだと感じる。

しかし、サクサクの薄いコーン。
これって、バニラが溶けたらすぐにふやけてしまうのでは……?

……!!

そうして僕は、
チョコ層がコーティングの為にある、という真実に辿りついた。

そう、チョコ層は、
ジャイアントコーンへのアクセントのみならず、
溶けたときでもコーンがサクサクするであるために必要だったのだ。

これほどまでに、素材の長所を活かしあった存在が、かつてあっただろうか。
もはや戦慄、と言っても過言ではない。



……といったジャイアントコーン論を嫁に向かって熱弁したのだが、
彼女からは「働け」というセリフが返ってきた。

サクッという小気味よい食感と甘みが口の中に広がり、
僕は、人生の味を噛みしめた。

そんな夜。